― 現役トレーナーが語る、本当のしつけの話 ―
最近、ずっと考えていることがあります。
「犬に罰を与えることは、かわいそうだと思いますか?」
おそらく多くの方が「はい」と答えるでしょう。それが今の時代の空気です。
犬を、少し弱い存在として扱いすぎていませんか
「叱らない」「褒めるだけ」「ポジティブトレーニング」。SNSでもYouTubeでも、そういった言葉があふれています。
もちろん、感情的に怒鳴ることや、理不尽に犬を押さえつけることに、私は何の価値も感じません。
でも、現場で毎日犬と向き合っていると、どうしても感じることがあります。それは、「犬を、少し弱い存在として扱いすぎていないか?」ということです。
犬は、ただ傷つきやすいだけの生き物ではありません。
- ・ルールを理解できる
- ・因果関係を理解できる
- ・苦しい状況でも踏ん張れる
- ・頑張った自分に誇りを持てる
私は、犬にはそういう力があると思っています。
「エビデンスがない」は「効果がない」ではありません
ポジティブトレーニングを推進する人たちが、よく口にする言葉があります。
「嫌悪刺激には科学的エビデンスがない」
一見もっともらしく聞こえます。でも、少し立ち止まって考えてみてください。なぜエビデンスが少ないのか。
現代の動物行動学では、犬に不快感や痛みを与える実験は、倫理的な観点から非常に難しくなっています。つまり「研究されていない」のであって、「効果がないと証明された」わけではありません。
「エビデンスがない=効果がない」ではない。これは大きな違いです。
それでも、「エビデンス」という言葉だけが一人歩きし、「証明されていないから間違い」と断定する空気には、私は強い違和感があります。
何十年も現場で犬と向き合ってきた人たちの経験まで、「エビデンスがない」の一言で切り捨てていいのでしょうか。私は、そうは思いません。
「罰が悪い」のではなく、”使う人間”の問題ではないでしょうか
「罰は犬に悪影響を与える」という研究があります。でも、その内容はどこまで丁寧に検証されているのでしょうか。
- ・犬との信頼関係は築けていたのか
- ・正解をしっかり教えていたのか
- ・できた瞬間にきちんと褒めていたのか
- ・タイミングや強度は適切だったのか
もし「正しい行動を教える気もない」「褒めることもしない」「ただ不快感だけを与える」——そんな状態なら、犬が傷つくのは当然です。
それは”しつけ”ではなく、ただの虐待です。
つまり問題なのは、「罰そのもの」ではなく、“教える気のない人間”ではないのか。私はそう感じています。
その手の研究が示しているのは、「罰は犬を傷つける」ではなく、「教える気のない人間に犬を預ければ、犬は傷つく」という、ある意味当然のことなのではないでしょうか。
オペラント条件付けの「不都合な真実」
犬の学習理論であるオペラント条件付けには、本来4つの象限があります。
- ・正の強化
- ・負の強化
- ・正の罰
- ・負の罰
もちろん、だからといって何でも乱暴に使っていい、という話ではありませんが、特に最近は、そのうち“罰”に関わるものだけが極端に悪として扱われ、「存在自体を否定する」ような空気を感じることがあります。
でも、人間社会はどうでしょう。信号を守るのは、「守れば安全だから」だけではありません。「破れば危険で、注意されるから」でもあります。
子育ても同じです。頑張ったら褒める。危ないことをしたら「ダメ」と伝える。私たちは無意識に、YESとNOの両方を使っています。
なのに犬だけは「NOを伝えてはいけない」というのは、少し不自然な話ではないでしょうか。
リードショックは、本当に”恐怖政治”なのでしょうか
ここで強く反発される話をします。リードショック。つまり、リードを使って犬に一瞬の不快感を与える方法です。
これを「虐待だ」「恐怖政治だ」「時代遅れだ」と切り捨てる人たちがいます。
でも、「恐怖政治」という言葉で片付けられるほど、現場は単純ではありません。
私たちが現場でやっているのは、犬を恐怖で支配することではありません。「それは違うよ」「それはNOだよ」と、一瞬で明確に伝えることです。そして次の瞬間、犬が正しい行動を選んだら、全力で褒める。
ダラダラと引っ張り続けられるより、一瞬の明確な合図の方が、犬にとって分かりやすいこともあります。
もちろん、感情的に怒りをぶつけるのは論外です。大事なのは、「何のために使うのか」です。
包丁だって、使い方を間違えれば凶器になります。でも、だからといって包丁を全部捨てる人はいません。
犬は、「褒めるだけ」で本当に満たされるのでしょうか
私は褒めることが大好きです。でも、その”褒め”が、ただのご機嫌取りになってしまっているケースを、本当によく見ます。
- ・楽しい時だけやる
- ・嫌になったら終わり
- ・頑張らなくても褒める
- ・結局最後は人が折れる
これでは犬は学習します。「嫌ならやらなくていい」「踏ん張らなくても、どうにかなる」と。
犬はとても合理的です。頑張らなくても同じ報酬が手に入るなら、わざわざ踏ん張ろうとはしません。
でも、本当に犬が輝く瞬間というのは、「苦しい中でも約束を選び抜いた瞬間」です。
風が強い。周りがうるさい。気分も乗らない。それでも「この人の指示を選ぶ」と踏ん張れた時、犬の目は変わります。
そして、その瞬間に”超褒める”。ただテンション高く褒めるのではありません。「頑張った自分」に、犬自身が誇りを持てるくらい、全力で認める。それが、本当の”超褒める”だと思っています。
噛みついてきた犬に「無視」は通用しません
最後に、少し踏み込んだ話をします。
本気で噛みついてくる犬に対して、「無視しましょう」「その場を離れましょう」と指導するケースがあります。
でも、ルールを知らず、「噛めば要求が通る」と学習している犬に対して、”何もしない”ことは、「噛めば通る」を強化してしまう場合があります。
そしてそれは、最終的にその犬自身を危険な立場に追い込みます。
噛みつき犬になった先に何が待っているか。引き渡し、隔離、そして最悪の結末。私は、咬傷事故を起こした犬たちの行く末を、何度も見てきました。
だからこそ思います。本当の意味で犬を守るとは、耳障りの良い言葉だけでは済まないことがある。
褒めるだけのトレーニングは、人間にとっては心地良いものです。叱らなくていい。罪悪感を持たなくていい。
でも犬にとってはどうでしょう。何がOKで、何がNOなのか曖昧な世界は、決して安心できる環境ではありません。
「優しさ」とは、相手の可能性を信じること
明確なルールがある。ダメなことはダメと伝わる。でも、頑張った瞬間には、世界一褒めてもらえる。
私は、それが犬にとって一番分かりやすく、一番安心できる関係だと思っています。
「優しさ」とは、ただ心地よくさせることではありません。相手の可能性を信じることです。
犬は、そこまで弱い生き物ではありません。むしろ私たちが思う以上に、賢く、強く、誇り高い生き物です。
「叱ること」を恐れず、「褒めること」を惜しまず。
NOがあるから、YESが輝く。
それが、愛犬との信頼関係をつくる本当の道だと、私は信じています。